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自立型姿勢
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小説「理想の会社」 アントレプレナーセンター 福島正伸
最終的に目指すべき理想の企業風土を、わかりやすく小説化しました。
 「ルルルー、ルルルー、日本の夜明けだ!今日やらないことは明日もやらない。ルルルー」
  いつものように目覚まし時計が小さなメロディーを奏ではじめた。この目覚し時計は三百六十五日、  毎日違う言葉で起こしてくれる。
  「今日やらないことは、明日もやらない」
  はっとする言葉だ。毎日どんな言葉で起こされるかわからないから、何となく緊張感がある。
  「それでもあと十分でいいから眠りたい・・・」
  睡魔は多少の意識など、一瞬で消し去ろうとする。しかし、そんな時でも目が覚めたら、わずかな意識の中で必ず確認することがある。
  「何のために目が覚めたのか?・・・そうだ!理想の会社をつくるんだ」
  夢を確認するのだ。この習慣をつくるのに六ケ月もかかった。
  さらに自分に残された人生の時間を知るために、逆算腕時計を見る。そこには、自分の人生の残り時間が平均寿命をもとに計算され、表示されている。見ているそばから秒単位の数字がどんどん少なくなっていく。毎朝同じことをやっているのに、「寝ている場合じゃない!」と、目が覚める。
  人生の時間は減ることはあつても増えることはない。時間は最も大切な財産である。時間の使い方がその人の人生の使い方、つまり生き方である。一時間という時間は、物理的には一定であつたとしても、その一時間の使い方は無限にある。どう使うかは全くの自由で、その積み重ねが人生となる。そして、隣で寝ている妻に朝の挨拶をする。
  「日本を変えるために目が覚めたよ」
  眠そうな声で、妻も付き合ってくれる
  「私も何かできるかしら・・・」
  「ここにいてくれるだけでいいよ」
  ベッドから飛び出して、顔を洗いながらもう二段夢を確認する。
  「理想の会社をつくるんだ」
  タオルで顔を拭きながら台所にくると、少し前に起きた猫のナナはマグロのフレークをおいしそうに食べていた。こちらを振り向くとすぐに小さな声で短く鳴いた。
  「おまえは日本のことを考えて、僕よりもはやく起きていたのか」
  ナナは無視して食べつづけている。
  パソコンの電源を入れると、鈴木社長から励ましのメッセージと、他のスタッフからも元気の出る言葉が贈られてきていた。最近は、こうやってみんなで毎日励まし合っている。鈴木社長が真っ先に毎日言みんなにメッセージを送ることをはじめた。それに続いて、今は誰もが励ますことを朝の日課にしている。一人だけではめげそうになることがあっても、励まし合うことで元気になれることがある。朝からいかに意欲を高められるかが、今日の生産性に大きな影響を及ぼす。
  鈴木社長はまた、今日一日のスケジュールを細かく報告してくださる。打ち合わせがあれば、その目的と内容までわかるように。みんなは社長が何のために何をしているのかを毎日知ることで、会社全体に一体感が生まれてくる。業務日報は上司が部下に出すことで、信頼関係はとても強くなり、その結果黙っていたとしても、誰もが自分のスケジュールを報告するようになる。情報の共有化とは情報がくるのを待つのではなく、自分の持っている情報を他に提供することであり、そうすることでしか情報の共有化をはかることはできない。
  朝起きてはじめにやることがこのメールでの情報のやりとりだ。毎朝おきてから約二十分間はこのことに時間を費やしている。
  中にはいろいろな相談もメールで送られてくる。
  営業部の伊藤健二がお客様の対応で困っているらしい。
  「いつも無理難題を言ってくるお客様がいて困っています。他の仕事にまで影響があり、仕事がすべて中途半端になってしまうのです。気持ちもイライラしてミスが多くなった気がします。こういう時はどうしたらいいのでしょうか」
  よし、出番だ、励まそう。
  「そのお客様は、とても大切なお客様かもしれません。無理難題があるほど、自分を成長させることができ、それによって他のお客様のいかなる要望にも対処できるようになるのですから。無理難題をこなせるようになることが、ほんとうの成長だと思います。無理難題を言うお客様が、私達を成功へと導いてくださっているのかもしれません。うらやましいな、できることなら今後そのお客様との対応は、私に任せていただけませんか」
  開発部の秋山千鶴が人間関係で悩んでいるらしい。
  「同じ部署に、何度言ってもわかってくれない人がいるんです。私はあきらめずに言いつづけようと思っていますが、いつまでこの状態が続くのかと思うと、何となく気が滅入ってしまいそうです。アドバイスお願いします」
  これは、考え方だけの問題だな。よし励まそう。
  「他人に期待をすると、裏切られて不満となって自分に返ってきます。不満やストレスは、他人を自分の思い通りにしようとする自分の考え方から起こるものなのです。他人に期待するのではなく、他人を信頼しましょう。少しつつ信頼していけばいいと思います。
  また、他人は鏡といいますが、相手がわかってくれないのは、自分が相手のことをわかってこなかっただけなのかもしれません。まずは自分が相手に言われたことを、言われた以上に実行して見せて、相手を感動させましょう。まさかここまで!と言わせましょう」
  大野隆からも相談のメールが来ている。
  「こんどはじめての仕事につきました。経験もまったくない仕事なので、うまくできるかどうか、失敗しないか心配です」
  「心配いりません。何をやっても簡単にはうまくいかないでしょう?ただ本当の失敗とは、自分があきらめた瞬間だけです。一つの失敗からは一つのノウハウを知ることができると考えれば、失敗するほどノウハウがたまることになり、次にうまくいく確率もどんどん上がっていきます。失敗するほど成長することができると考えれば、失敗も必要なことになるかもしれません。うまくいくかどうかを心配するよりも、一生懸命にあきらめずに取り組んでいきましよう。あきらめない限り、人生にほんとうの失敗はありませんから。」
  こう書きながら、佐藤はいつも思うことがある。こういう言葉は、他人に書いているつもりでも、本当は自分が忘れかけようとしていることを、思い出すために書いているのかもしれない。悩んでいる人が、自分に大切なことを気づかせてくださっているのかもしれない。
  佐藤自身へのメッセージも送られてきている。佐藤がこれからやろうとしている新規事業を成功させるために、みんなが関係する情報を調べてくれたり、アイデアを提供してくれたりする。
  「インターネットに関係する情報がありましたので、送付しておきます」
  「四菱商事の担当課長を紹介したいんだが、空いている日を知らせて欲しい」
  「思いついたアイデアですけど、口コミだけで販売してみてはどうでしょうか」
  「収支計画に関することであれば、私の専門ですのでおまかせください」
  「いまはこちらも忙しくて、何もお手伝いできませんが、がんばってください」
  全員ではないにしても、このような情報が送られてくるというだけで、みんなの支援に応えるためにも事業を成功させたいという気持ちが強くなってくる。応援されるほど本気で成功させたくなる。
  また、担当者は自分一人なのに、みんながこうしてメッセージを送ってくれると、一人で事業に取り組んでいる気がしない。社員全員で新規事業に取り組んでいるような感じだ。
  会社に着くと、クレームの電話を受けたと言って喜んでいる、新人の落合利之とすれ違った。
  「すごいね、プラス受信ができるようになったじゃないか」
  「ええ、このクレームは是非とも私にまかせてください。必ず最高の信頼関係をつくって見せます。クレームをいただいたお客様ほど、私たちの会社のことを本気で考えていると思うんです。すごくうれしくて感謝したい気持ちです。いますぐお詫びにお客様のところへ飛んでいきます」
  「うらやましいな。できれば、次のクレームは私にまかせて欲しいな」
  「どうしようかな・・・考えときますよ」
  事務所にはいると、新人の小宮山悦子が電話を持って立ったまま、お辞儀をして謝っている。
  「本当に、本当に申し訳ございませんでした」と彼女は最後に言って、ゆっくりと受話器を置いた。
  「何かあったのかい?」
  「あ、課長、おはようございます。実は、河田部長がいま車でお客様のところに向かっているのですが遅刻しそうなんです。それで、お客様のところに連絡を入れて欲しいと言うことだったのですが・・・」
  「でも、君は謝っていたよね」
  「はい、朝早く常務を電話で起こさなかった私に責任があるんです」
  その時また電話が鳴った。小宮山は佐藤に一礼して、すばやく受話器を取った。
  「林主任、おはようございます。・・・そうですか。本当に申し訳ございませんでした。お大事になさってください。失礼いたします」
  「また謝っていたけど、何があったんだい?」
  「林主任が風邪で今日は休まれるそうです。私に責任があるんです」
  「どうして?」
  「・・・わかりませんけど、私が何か事前にできたことがあるはずですから。もし昨日のうちに体調が少しで悪いことに気付いていれば、お薬をお渡しすることもできたはずです。それをしなかった私に責任があると思います」
  「小宮山さん、流石だね。勉強させられたよ。ありがとう」
  「私には、大したことは何もできません。なにかひとつでも自分ができることを探したいだけなのです。こうして皆さんと一緒に働けるだけで、私はとても幸せだと思っています」
  小宮山はみんなから「学ぶことしかない」と言われて評判になっている新人である。彼女のことをすでに「メンター」と呼んでいる先輩が社内に何人もいる。
  こうしてようやく自分の机につくと、一輪の花が置いてあつた。まわりをよく見ると、みんなの机の上に一輪の花が置いてある。大体こういうことをするのは、新入社員の加藤幸代に決まっている。彼女は花がとても好きらしく、ベランダで育てた好きな花を毎週のように会社に持ってきては、みんなの机の上に置いていく。それらの小さな花に満たされた職場の一番奥の壁に、真新しい額に入れられた短い言葉が輝いていた。
  【夢しか実現しない】
  とても気持ちのいい一日が、始まろうとしている。
 理想の会社をつくる、と社員全員で誓ってから六年が経つ。はじめは何をどうして良いのか全くわからなかった。すべてが手探り状態であった。佐藤自身もそんなものができるのかと、心のどこかで疑っていた。はじめからできそうもないことをいくらやったところで、疲れるだけじゃないのか、そんな気がしていたのである。
  また、それまで佐藤は、事業とは利益を出すための活動だと思っていた。そしてそのためには、情報収集力、分析力、問題発見・解決力、企画力、構想力、行動力、指導力、財務管理能カ、リスク管理能力などあらゆる能力が要求される。経営とは極めて難しいもので、生半可な知識や経験のない者達ではどうにもならないものであるはず。
  佐藤ばかりではなく、多くの社員もそんな風に疑心暗鬼だった。
  その頃、鈴木社長は数人の社員を集めては、朝食会を開いて一人一人の質問や悩みに答えていた。それは理想の会社をつくるための活動の一つである。その朝食会に参加した佐藤に対して鈴木社長は言った。
  「事業というのは本来とても簡単なものなんだよ。どれだけ他人の役に立つのか、社会に貢献できるのか、そのことだけを考えていればいい。そこに他の考えが入ってくると、とたんに事業は難しいものになってしまう。何もかもうまくやろうとするから、シンプルに考えることができなくなる。何をどうしていいのかわからず、結局は昨日と同じことをやっているうちに一日が終わり、その繰り返しで人生も終わるんだ」
  「社会に貢献できるか・・・」
  「そうだ、それだけでいい。そう考えることができれば事業は絶対に間違えることはない」
  「間違える・・・?。事業がうまくいかなくなることですか?」
  事業において間違えるというのは、事業がうまくいかなくなることではなく、誰かに迷惑をかけることを言うんだよ」
  社長の話を聞くほど、ますます佐藤はわからなくなっていった。
  「成功とは何ですか?」
  「成功とは何か。それは他人に夢と希望を与えることができるようになることだよ。つまり、事業を成長させたり、お金持ちになったりすることよりも、どんな時でもあきらめずに夢に向けてチャレンジし続けることができることさ。人はね、常に勝者でいることはできなくても、常に勇者でいることはできる。そんな生きる姿が他人に勇気を与えるんだ。そしてそれこそが、本当の成功だと思うよ」
  「もう一つお聞きしたいのですが、利益はどのように考えればいいのでしょうか」
  「ずいぶんいろいろと難しく考えているようだね。もっと単純に考えてみよう。企業は社会に貢献することが目的なのだから、利益はその手段ということになる。もちろんそれは生きるための手段でもあり、充実した人生を送るための手段でもある。利益は目的にはならない。いずれにせよ、大切なことは何のために事業をするのか、何のために生きているのかだ」
  しかし、佐藤は一つだけわかったことがある。それは、社長は迷っていない、ということである。
  迷っているリーダーに人はついていけない。迷っていない鈴木社長には、決意をした人間の迫力があつた。
 佐藤にとって、今日は海外からの見学者のために行っている、会社説明の担当日である。午前中は、その対応に時間を割り当てている。今年に入ってから、見学の申し込みは一日に三百件、年間では十万件を越すようになった。今日の参加予定者は、五十四名である。
  このような会社見学の希望者に対しては、社会貢献の一貫として全社員が交代で対応することに決めている。これも社員からの提案で決まったことで、みんなで決めたことだからイヤイヤやる人はいない。
  社会貢献をするようになってから、会社の生産性は二十%以上向上した。他人に伝えることで自分自身が働く意味を再確認できるのだ。会社のビジョンとポリシー、顧客や社会との関わり方、一つ一つの仕事の大切さ、みんなで協力する楽しさなど、これらを語るほど、日常の自分の行動を振り返ることができる。このように社員一人一人のモティベーションに与える影響は計り知れない。
  会社見学とは言っても、事務所は机がただ並べてあるだけなので、ビジョンとポリシーの説明をして、次に会社の案内ビデオを参加者に見ていただいてから、質疑応答の時間をたっぷり取るという内容である。案内ビデオも社員の働いている姿をただ写したものである。けれども、それを見るだけで見学者は大いに感動する。なぜならば最高の商品とは社員の働く姿なのだから。
  その日の見学者は、とても真剣に次々と質問を投げかけてきた。
  (見学者) 「なぜ社員はこんなにも一所懸命になって働くのか?働くのが苦にならないのはどうしてか?」
  (佐藤) 「それは夢があるからです。夢がないと、どんなに楽な仕事をしてもすぐに疲れるようになります。疲れたなあと思ったら、夢を確認するようにしています。それは平均で、一日百回くらいです」
  (見学者) 「社会に貢献することと、会社の利益とのバランスはどのようにとっているのか?」
  (佐藤) 「利益とのバランスを取る必要はないと考えています。ひたすら、社会に貢献することだけを、考えて実行していけばいいのです。なぜならば、利益が上がらないのは社会に貢献できていないからです」
  (見学者) 「会社が成長するほど、ビジョンとポリシーが浸透しなくなるはずだが・・・?」
  (佐藤) 「会社が成長するほど、ビジョンとポリシーを浸透させようとしなかっただけです。私たちはビジョンとポリシーを企業活動の最も重要な基準として考えています。ですから、すべての行動にビジョンとポリシーを反映させるように、いつもみんなで確認しあっています。私も一日事務所で働いていると十数回は、誰かがビジョンとポリシーを語っているのを聞きます」
  (見学者) 「社員を信頼するというけど、信頼できない社員に対しては、どのように対処しているのか?」
  (佐藤) 「信頼するというのは、相手がどのような社員であったとしても、そのすべてを受け入れることです。その意味で信頼できない社員というのは、弊社には一人もおりません」
  (見学者) 「人材を育成しないのに、なぜ人材が育成できるのか」
  (佐藤)「私たちは教育とは教えるものではなく、見せるものであると考えています。相手に共感してもらえるまでやって見せることで、相手の自発性を促します。教育に当たって、最も大切なことは、相手の自発性だと思います。自発性のない状態では、何を言ってもすべてが無駄になります。しかし自発性があれば、自分で知識は身に付けていくようになります。そうなれば、人材の育成は必要なくなるわけです」
  (見学者) 「自己責任ばかりでは、本当の原因がわからなくなるのではないか」
  (佐藤) 「本当の原因が自分自身にあると考えることを、自己責任といいます。なぜならば、原因はどこにでもつくることができるからです。自分の責任として自分自身を改善、成長させることが大切です」
  (見学者) 「自己責任の範囲はどこまでか、また範囲がないとすれば、自己責任として対処できないこともあるのではないか」
  (佐藤) 「自己責任は無限責任ですので、範囲は無限です。ですから自分ができる範囲を広げていくことが大切です。その範囲を広げていくことを、自己成長と言います。自己責任は無限責任ですから、私たちは無限に成長することができるわけです」
  (見学者) 「競合他社については、どのように対処しているのか」
  (佐藤) 「競合他社はありません。同業他社に対しても支援するだけです。つまり、私たちのノウハウをどんどん学んでいただいて、同じようにすばらしい社会をつくる仲間になっていただきたいんです。私たちが唯一闘っているのは、自分自身です」
  メンターとして、スタッフの育成・指導もしている佐藤にとつて、このような質問に答えることは朝飯前になっている。メンターとは、相手の持つ可能性を最大限に発揮させる支援ができる人、つまり相手をやる気にさせることができる人のことである。佐藤自身もこの六年間悩みながらもメンターを目指してきた。だから、ほとんどの質問には簡単に答えることができる。しかし、それでも今まで考えもしなかった質問をしてくる来場者もいる。そんな質問に出会えた時がまた、佐藤にとってとても幸せを感じる時でもある。答えられないことを考えることが成長なのだから。困った質問をしてくださる人ほど、自分にとって価値のある人はいない。
 昼食は来場者の中から、さらに詳しく質問をしたい方々とだけ、いっしょに取ることになっている。参加者の一人が言った。
  「先日、TSについての資料を拝見しましたが、とても当たり前のことですよね。今までやってこなかつたことが、不思議な気がしましたよ」
  TSとはトータル・サティスファクション、つまり顧客のみならず、社員およびその家族、地域、日本、さらには地球のすべてを満足させる活動のことを言う。この六年間は、このTSを推進することに、徹底的に力を入れてきた。
  TSが対象とする顧客に感動を与えることを目的にしているのに対して、TSはすべての人々を未来永劫幸せにすることを目的とした考え方である。
  顧客に価値を提供することができても、それによってどこかに不利益を被る人がいたり、地球環境に悪影響を与えてしまったりすることがある。例えば、顧客に満足していただく家を建てるために、騒音などで近所に迷惑をかけたり、世の中に便利なモノをつくるために、工場から環境に有害な物質をたれ流したりといったことはあげたらキリがない。このように、いくら顧客満足のためだからと言っても、一部の顧客の満足のために、そのまわりの人々や、社会に迷惑をかけたり、関係者を苦しめたりすることがあるのは残念なことである。
  これらの問題に対して、知恵によって解決をはかり、仕事の価値を無限に高めようとするのがTSである。
  「実は私も、TSに着いて詳しく聞きたいと思ってここに来たんだ。理念はわかるが、どのように実践していいのかわからない。そこのところを、具体的にどのようにやっているのか、教えていただきたい」
  参加者の多くが、TSについて強い関心を持っていた。
  「わかりました。それでは、今日は私のほうから、弊社ではどのようにTSを実践しているのかを、具体的にお話させていただきます。どうぞお食事を取りながら気軽にお聞きください」
  佐藤は、いつもながら昼食では自分の食事を取ることはない。参加者は、一つでも多くのことを知りたいと思っているのだから、誠心誠意そのことに応えていきたいと思っている。
  「例えば、工務店の仕事を例にとってお話します。工務店が顧客のために家を建てようと、するとそのまわりの住民に迷惑をかけてしまうことがあります。しかしこれまでは、多少の迷惑を顧みずに仕事に取り組まなければなりませんでした。ところがTSによって、これからの工務店は、家を建てると近隣の人々まで幸せにすることもできるようになるんです。
  これまでの工務店の仕事の進め方では、一軒家を建てるとその建築期間中は、近隣の住民にさまざまな迷惑をかけることになります。具体的には、工事の関係者が車で来て、建築現場の近隣に違法駐車をする。これは地元の人々にとっては迷惑です。つまり、駐車違反という迷惑をかけるから、迷惑になるのです。こういう時は近くに駐車場を借りて、工事期間中はそこに駐車するようにします。そして現場監督が送迎をすればいいのです。
  また、工事の期間中はどうしても騒音がします。しかし、それも騒音を出すから騒音がするのであって、騒音を出さないようにすればいいわけです。金属のトンカチでは、トントン、カンカンという騒音がしますが、釘をタオルで撒いて、強化ゴムのトンカチでたたけば、騒音は五分の一以下になります。もちろん、全く音がしないトンカチの開発にも取り組むことも大切です。
  さらに、家を一軒建てるためには、様々な工事関係者が入れ替わり立ち替わり、町にやってくることになります。しかし住んでいる方々にとつては、見ず知らずの人たちが町に溢れるというのは、なんとなく不安ですよね。しかしそれも、その人たちのことを知らないから不安になるのであって、どんな人たちなのかを詳しく知ることができれば不安はなくなるんです。そこで、工事現場の前に選挙などで使われた看板をもらってきて、それを立てて、その日町にやってくる工事関係者を写真付きでみんな紹介します。
  たとえば『田中聡、五十三歳、とび職歴三十五年、過去の実績/瀬戸大橋、横浜ベイブリッジなど多数、信念/夢は実現する、夢/孫に誇れる仕事をすること、コメント/近くを通りかかった時は(さっちゃん)と声をかけて下さい』
  さらにまた家を建てるということは、近隣の方々にとつては家について勉強する良い機会になります。そこで休日などを利用して近隣の方々向けに無料の勉強会を開催します。家の土台ができた時には近隣五百軒に、『地震に強い土台の無料勉強会・震度七にも耐えられる家の作り方』というチラシを配ります。二〜三十人くらい集まっていただけるでしょう。その後、建築が進むに従って月に二回程度勉強会を開催します。
  こうしているうちに、改装工事や新築工事の話が次々に舞い込んでくるようになり、いつの間にか工事現場が次の仕事の打ち合わせ現場になっているかもしれません。
  また、TSにおいては、無駄なものは一切なく、全てが価値につながるものと考えます。たとえば工事現場では廃材が出てくるわけですが、工事という視点から見るとそれらは処分するだけになります。しかし、別の視点から見れば、それらを活用していろいろな企画ができます。たとえば、「お父さんと子供のためのガーデニング・グッズ作成一日教室・プロの大工がプロの技を教えます」という講座を開くこともできます。大工さんのすばらしい技を目の前で見た子供たちの中には、将来大工さんになることを夢にする子供も出てくるかもしれません。このような企画は、他にもたくさんできます。
  さらに、一軒の家を建てることで地域や家族の絆を強くすることもできます。それは、あなたも家づくりに参加しませんか、という企画です。参加者が殺到するようであれば、有料で開催して、その利益はまた地元のために還元してもいいでしょう。そして最後には、家一軒を地元の方々が子供たちといっしょに、コミュニティ活動の一つとして建てることもありえると思います。東南アジアのある地域では、町の寺院を建て替える時には、その村の人々が全員で協力して行うといいます。そしてその時には、村全体が一つになるそうです。わが国でも昔は、家の大黒柱を立てる時に、その地域の人々が協力してみんなでロープを引っ張って立てました。家づくりは仲間づくりです。みんなの気持ちが、一つになる時なんです。その地域の最も楽しいお祭りになってもいいのではないでしょうか」
  参加者はみな呆気にとられた。食事を取ることを忘れ、フォークとナイフを終ったまま、じっとして動けなくなっていた。工務店が自分で家を建てるのではなく、地域の人々に建ててもらおうというのである。しかもそれによって地域社会に貢献することができる、すべての人々が満足できるのだ。何という逆転の発想であろうか!
  しばらく間をおいて、参加者の一人が口を開いた。
  「佐藤さん、そんなこと本当にできるんですか?」
  「わかりません。でも、できたらすばらしいですよね。できたらすばらしいと思うことのために、すべての経営資源を活用して、あきらめずに取り組むことがTSの原点なんです。ですから、私たちがまずチャレンジします。うまくいったこと、うまくいかなかつたことを、すべて皆さんに公開いたしますから、楽しみに待っていて下さい」
  「でも、それって企業秘密じゃないですか?」
  「私どもの会社には、企業秘密はありません。知らせることのメリットは、隠すことのメリットよりもはるかに大きいものです。ですから弊社では、役員会ですらあらかじめ予約しておけば、社員だけではなく、皆さんだって自由に聴講することもできるんです。最近はインターネットでも、役員会の詳細な議事録を公開していますので、よろしかったら見て下さい。」
  参加者の関心は、どんどん高まるばかりだ。
  「TSのポイントは、具体的にどんなところにあるのでしょうか?」
  やっと、質問らしい質問がきた。
  「TSのポイントは大きく二つあります。それらは問題解決と価値創造です。それでは、それぞれについて少し詳しく解説させていただきます。まず、第一は問題解決です。問題は、大きく二つに分けて考えることができます。一つはあらかじめ想定される問題です。この問題に対してどのようにあらかじめ対処するのかということが第一。もし解決できない問題があれば、解決するまでその仕事を始めません。
  もう一つは、不測の事態です。つまりあらかじめ想定できなかつた問題のことです。いわゆるクレームは、このような問題の一つと言えるでしょう。このような不測の事態に対しては、全力を尽くして解決しようとする姿勢が重要です。解決できるかできないかではなく、解決するまで取り組み続けるだけです。
  みなさんは、奇跡の生還といわれたアポロ十三号の話をご存じでしょうか。宇宙旅行は、人類の英知の結晶によって可能になるものです。宇宙へ行くためには、徹底的な準備をしておくことはもちろん、わずかでも起こる可能性がある問題についても、あらかじめ完璧に対処しておかなければなりません。何重ものチェックと、何重もの補助システムによって、何が起こっても安全に月まで行って帰ってくることができるようにしておくことが不可欠です。
  ところが、それでも全く予期しないところから、問題が起こることがあります。アポロ十三号は、月面探査に向かう途中、全く予想できなかった大きなトラブルに見舞われました。しかし、帰還させることは不可能と思われるような状態に陥ったとしても、NASAのスタッフは最後の最後まで全力を尽くして知恵を出し続け、絶対にあきらめなかったのです。アポロ十三号の出来事は、人間の無限の可能性を立証した出来事の一つです。
  人間の生死のかかつた問題を、あきらめる人はいないと思います。そして、これまでに不可能と言えるような状況を乗り越えてきた、という話は枚挙に暇がありません。同じように、すべての問題を生死のかかった問題として考えて、あきらめずに解決しょうとすれば、ほとんどの問題は解決できるはずです。現実に起こる問題は予期できないものがあるにしても、無限の知恵を出すことで解決できないものはないと考えます。
  ですからTSには「不可能」とか「あきらめる」という概念はありません。TSの実現のためにはすべての問題は乗り越えていくことができる、と考えなければなりません。手段上の失敗は糧にして、次の成功につなげるだけなのです。すべては可能であり、失敗は糧にしかならない、と考えることが、TSの問題に対する基本的考え方です。
  そして第二は、より高い価値・大きな感動を提供することです。今日売れている商品が明日も売れるとは限りませんし、これまでうまくいっていた方法が、これからもうまくいくとも限りません。今日の価値は明日の価値とはならず、そして明日の価値は今日創るものです。
  少々回りくどい言い方をしてしまいましたが、ここまでやれば十分というレベルはないということです。お客様は常により大きな感動を期待します。またそれに応えていくためには、私たち自身が無限に改善向上し続けることしかありません。新たな価値を生み出し、大きな感動を与え続けることが、企業活動の基本です。TSに終わりはありません」
  「TSって、実際にやるのは大変だと思うのですが、その場合、社員にとっての幸せとは、何なのでしょうか?」
  「TSとは、これからの企業のあり方を示す一つの思想体系なんです。いわば、自分以外の存在のために、自分が何をできるのかを考え続ける姿勢と言ってもいいかもしれません。TSにおける社員の幸せとは、生活を保障することではなく、毎日を生きがいのあるものにすること、つまり充実した人生を送ることです。それは生きている意味を感じること、生きているすばらしさを認識することです。そして最高の生きがいを感動と言います。
  TSを推進する会社で働く人々は、最も大きな感動を得ることができます。なぜなら、自分が努力をしたことで、他人を感動させ、感謝されることで、自分自身が最も大きな感動を得ることができるからです。誰にも迷惑をかけることがなく、すべての人々から感謝されることは、仕事に対するモティベーションを極限にまで高めることができます」
  こういう話をしている時の佐藤は、とても輝いている。
  こうして最後に、佐藤は参加者全員から盛大な拍手を受けて、昼食会はあっという間に終わってしまった。
 午後になって、佐藤は営業二課に足を向けようとしていた。営業二課では佐藤の同僚の西本勇二が、慣れない仕事に悪戦苦闘している。その応援に行くのである。関連する資料をまとめてカバンにつめ、机を離れて廊下に出ようとした時、外から勢いよく走り込んできた企画部の高橋まゆみとぶつかりそうになった。
  「申し訳ございません!」
  「大丈夫だよ、それより何をそんなにあわてているんだい?」
  「ええ、ちょっと私のミスで・・・」
  お客様に提出する予定の資科の制作が、間に合わないという。
  「それじゃ、三十分くらいなら私も時間をつくることができるから手伝おう。どうしたらいいか教えてくれ!これから三十分は、君が私の上司だ」
  理想の企業をつくることになってから、一日に三十分は他人や他部門のために時間を使うことが業務となっている。この相互支援の時間は、あらかじめいつやるのかが決まっているわけではない。自分の都合に合わせて、一日のうちと三十分間を他のメンバーに尽くせばいいのである。この相互支援時間を取り入れることによって、それまでと比較して、企業全体の生産性は二十五%向上した。
  以前は、一人一人が自分の仕事のことばかりを考えていた。自分の仕事だけに集中することが、仕事の生産性、しいては会社全体の生産性を高めると信じていたからである。ところが、それでは会社の中にある経営資源を共有することができない。別々の事業部で同じことに労力を注いでいたり、別の事業部に協力を頼めば簡単にできることを、わざわざ外注して大きな経費になっていたり、あちこちで二重、三重の手間がかかっていることがわかってきた。
  そこで社員全員が他人や他の事業部のために、一日三十分を使いことにした。何をするかはそれぞれの判断に任される。ある人は社内掲示板を見て、困っているメンバーのために、いろいろ調べてメールを送っている。思い付いたアイデアを、毎日関係しそうな事業部に送り続けている人もいる。また、ある人は他の事業部に赴き、笑顔で「何か出番を下さい!」と言って、その場で何かできることを手伝ってくる。
  ささいなことばかりだが、これによって社風はそれまでとは全く違ったものになっていった。いわば会社が一つになったのである。一人で仕事をしているのではなく、強い信頼関係のもと、みんなで力をあわせて夢に向かっているという実感が、とても強くなった。本当に信頼関係のある仲間が集まると、どんな困難でも乗り越えていくことができるようになる。
  こうして、高橋まゆみの仕事を手伝おうとした時、佐藤宛に電話がかかってきた。出張した佐藤の部下の浜中孝弘が、飛行機のチケットが取れず帰ってくることができなくなったというのである。
  浜中は、電話口でこう告げた。
  「皆さんには、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。けれども、これをチャンスに変えて見せます」
佐藤も負けてはない。
  「何を言っているんだ!君がいつも楽しそうに仕事をしているので、私はいつか君の仕事をやってみたいと思っていたんだ。こんなにうれしいことはないよ。ゆっくり休んでいてくれ」
  そう言って電話を切ると、総務の加藤部長から声をかけられた。
  「佐藤課長、すまんが、とても重要なお客様がこれからいらっしゃるんだ。そのお客様に誰か専門家の立場から説明をして欲しいのだが、時間を取ってもらうことはできるだろうか?」
  忙しい時は、さらに忙しくなる。佐藤は笑顔でこう答えた。
  「私でお役に立てるのでしたら、喜んでお引き受けいたします」
  仕事の段取りは、あらかじめどれだけ知恵を出せるかで決まる。佐藤はこういう状況を楽しむことができる。自分の出番が来たと思うと同時に、自分が仕事に取り組む姿で、みんなに勇気と無限の可能性を与えることができると思っているからである。
  「加藤部長、時間は何時から何時まで取ればいいでしょうか?」
  「そうだな、あと二時間くらいでお客様がいらっしゃるから、三時から四時まで、一時間くらい取ってもらえたらありがたいのだが」
   「わかりました」
  部長が立ち去ると、すぐそばで話を聞いていた新人の原幸代が、少し心配そうに声をかけてきた。
  「私にできることがあれば、お手伝いさせていただけませんでしょうか?」
  心に浸みいるほどうれしくも、優しい一言だった。この一言は、ただでさえやる気になっていた佐藤を、なおさらやる気にさせてしまった。問題が解決できるかどうかは、どのような気持ちで問題に立ち向かうかで、あらかじめ決まっているものである。
  「ありがとう、でも何も心配は要らないよ。その気持ちだけで十分。問題は乗り越えられる人にしか起こらないのだから」
  さあ、見せどころである。まずは営業二課にいる西本勇二に電話を入れて、到着が夕方になることを伝えた。つぎに出張先から帰れなくなった浜中の仕事を確認して、同じ職場の萩原健二と大野秋吉に任せ、高橋まゆみのところに飛んで行った。高橋から資料作成の手順を聞いたところ、とても手間のかかる段取りに思えたので、次のような提案をした。
  「よし、半分の手間でできるようにするにはどうしたらよいのか考えよう。いまから十五分ほど、作戦会議の時間に当てたいのだが、どうかね?」
  「ええ、このままでは間に合いませんから、もう一度はじめから、段取りを考え直した方がいいと思います。目的はお客様に今回の企画の詳細について理解していただくことです。そのために必要な資科と必要ではない資料とを、お客様に説明する順序に従って整理し直したいと思います」
  「それでは、私も知恵を出そう」
  この必要な資料の整理とその段取りに、約三十分かかつてしまった。
  「よし、決まったぞ。この通りやれば間に合いそうだね」
  「ありがとうございます。本当に助かりました。あとは私一人でも何とかなると思います」
  「また段取りがわからなくなったり、間に合いそうもなくなったりしたら、すぐに携帯電話に連絡してくれ」
  「ありがとうございます。がんばります」
  佐藤は職場に戻ると、浜中の仕事の進捗状況を萩原に確認した。すると、どうしても一つ、お客様のところに行かなければ、解決できないことがあることに気がついた。時間を見ると、加藤部長のお客様が来るまでにあと二十分ある。お客様のところに行くには、車で約二十分。そこで三十分打ち合わせをして、また二十分で返ってくれば、加藤部長の約束の三時十分前には、会社に着くことができる。佐藤は萩原を連れて事務所を飛び出した。
  道路に出ると、手を挙げてタクシーを止めた。たまたま通りかかつたタクシーが止まると、いきなり運転手さんが飛び出してきて、私たちのドアを手で開けてくれた。おじぎをしながらドアをゆっくりと閉めて、運転席にまた走って戻ってきた。そして、自己紹介をはじめたのである。
  「私、早川といいます。精一杯がんばります!」
  とてもさわやかな声だが、まるで決意を伝えるかのような挨拶だった。
  「○○までお願いします」
  「はい、分かりました」
  ドアの内側を見ると、運転手は座ったままで、ドアを開けられる仕組みになっていることに気が付いた。にもかかわらず、自分から出てきて手で開けてくれたのだ。
  交差点に入ったとたん、信号が黄色に変わった。すると早川運転手は、バックミラー越しに私たちにおじぎをしながらこう伝えた。
  「急ブレーキになりますので、このまま行かせていただきます」
  本当に小さなことにも気を使っている。
  「ずいぶん気を使いますね」
  「いえ、まだ気を使っているとはいえません。本当に気を使うのはカーブを曲がる時です。お客様がまったく気付かないように曲がりたいのです。後ろの座席は不安定ですから、運転手の感覚で曲がってはいけないと思っています」
「なるほど!」
  次の信号で止まっていると、ぽつぽつと窓ガラスに雨粒が付いてきた。早川運転手はフロントガラスに少し身を乗り出して空を見上げた後に、こちらに振り向いてこう言った。
  「雨が降ってきました。お客様、傘はお持ちでしょうか?」
  「いや、忘れてしまったなあ」
  すると、早川運転手は助手席の足下から傘を取り出した。
  「それではこの傘をお持ち下さい」
  「この傘は?」
  「こんな時のために、用意しておいたものです」
  「ありがたいけど、どうやって返せばいいんですか」
  「それはいつでも結構です。たまたまその傘をお持ちの時に、弊社のタクシーを見かけたら運転手に
声をかけて返していただければ結構です。」
  「しかし、それではいつになるかわからないよ」
  「お客様のご都合でかまいませんから」
  佐藤はもう感心するしかなかった。さらに、
  「それと、これは私の名刺と出勤日です」
  と言って、彼は二枚のカードを渡してきた。一枚は大きく会社の電話番号と自分の名前の入った名刺で、もう一枚は自分の出勤日を色で塗り分けてあるスケジュール表だった。そして彼は、こう付け加えた。
  「その出勤日に関係なく出社いたしますので、二十四時間いつでもご連絡下さい」
  と言いながら、早川運転手はメモを取っている。
  「いったい、何を書いているんですか。」
  「今日お客様とお話している内容です」
  「なぜそれをメモに取るんですか?」
  「次回お会いした時に、この続きのお話ができようにと思いまして。私は忘れっぽいものですから」
  この時にはもう、佐藤と荻原は早川運転手の魅力に取り憑かれてしまった。いろいろなことが聞きたくなった。
  「それらは、会社の指示でやっているのですか?」
  「いえ、私が自分で考えて勝手にやっていることです。会社からは特に指示は受けていません」
  「では、なぜそこまでのことをやるんですか?」
  「私は日本一お客様に喜んでいただけるタクシー会社をつくりたいのです。そのためには自分がまず見本になって、どうしたらお客様に心から喜んでいただけるかを考え、それを現場で実行しなければならないと思っています。そしてうまくいったことを他の社員に伝えていけば、きっとこのタクシー会社を日本一にできると信じています」
  「仕事は楽しいですか?」
  「どんな仕事も楽しめば天職になると思っています。そろそろ着きました。この辺りでよろしいでしょうか」
  「はい、いや、とても勉強になりました」
  「少々お待ち下さい」
と言って、また彼は走って私たちのドアを開けに来てくれた。思いっきりの笑顔で。ここにも夢を持った人がいた。

 到着してみると、お客様は玄関で待っていて下さった。
  「浜中さんが帰れないというのに、こんなに早く対応していただいてとても助かりますよ」
  と言って、とても喜んでくださった。問題が起きた時にどう対処するかで、その後の信頼関係が決まる。ピンチはチャンスなのだ。
  打ち合わせが終わると、またお客様は玄関まで見送りに来てくださった。
  「これからもよろしくお願いしますと、浜中さんにもお伝えください」

 「こちらこそよろしくお願いいたします。ご迷惑をおかけした責任は私どもにあるのですから」
  迷惑をかけたお客様が喜んでくださっていた。
  佐藤が会社に戻ったのは、予定の三時の三分前であつた。
  「間に合った!」
  玄関でお客様を待っている加藤部長に出会うことができた。その後約一時間、お客様に説明をして、こんどは西本勇二のいる営業二課に向かった。
  意外にも西本は明るい表情で佐藤を迎えてくれた。
  「佐藤さん、素晴らしい体験をさせていただきました」
  「どうしたの?」
  「自分ががんばっていたら協力会社の人たちもみんなががんばってくださるようになったんです。とにかくここは、自分一人でもがんばって乗り切りたいと思っていたんです。でも気がついたら、みんなもすごくがんばってくれて・・・。自分が見本になるつて意味が、はじめてわかりました。」
  「どんなに素晴らしい話を聞いたとしても、自分にとってそれは真実とは言えないんだ。自分が体験してはじめて真実になる。何でもやってみることが一番大切なことなんだ」

 今日はお客様と夕食をともにする予定になっている。お客様は、もうすでに五年以上ものお付き合いをしていただいている会社の田中仁社長である。田中社長の本業のビジネスについて、月に一回くらいの割合で、佐藤が相談にのっているのである。
  「そう言えば、世界中から会社訪問にやってくる人がいると聞いたよ。すごい人気だそうだが、どうやってそんなイメージをつくりあげたんだい?」
  「イメージづくりはまったくやっていません。イメージはつくろうとするものではなく、結果としてできるものなのです。大切なことは、どのようなビジョンとポリシーを持って日々活動するかだと思います」
  「でも、信用のある会社というイメージをつくることは大切じゃないのかね」
  「信用は真実からしか生まれません。そして真実とは、日々の活動以外のなにものでもないのです」
  「そう考えると自分のやってきたことを反省させられるね。いままで、形ばかりに気を取られて、本質的なところから考えていなかったってことか」
  「でも大切なことは、いままで何をしてきたのかではなくて、これから何をするのかです。今日は過去の結果ですが、未来は今日の結果なのですから」
  「その通りだ!・・・ところで佐藤さん、厳しくてもいいからはっきりと答えて欲しいんだが、こういう社員についてはどう思うかね。自分のことばかり優先して、人のことをまったく手伝おうともしない社員がいるんだが」
  「それは、田中社長のことを手伝ってくれないということですね」
  「まあ、そういうことかな・・・」
  「それは、田中社長が自分のことばかりを優先して、その社員のやろうとしていることを手伝ってこなかったからです」
  「相変わらず、ほんとうに厳しいことをはっきり言うね」
  「ただ、他人は鏡だということです。他人は過去に自分が何をやってきたかを、教えてくださっているのですから」
  「なるほど、やはり私自身に問題の原因があるということか・・・。それにもう一つ、いま困っていることで、これから取り組もうとしている事業についてなんだが、なかなか銀行がわかってくれなくて、資金調達ができないんだ。それでもやるべきかどうか迷っているんだ。どう思うかね?」
  「問題は、田中社長がやると決意してないことです」
  「でも資金がなければどうにもならないと思うんだ・・・」
  佐藤はまた一言でまとめた。
  「関係ありませんね」
  「やっぱりそうか‥・。方法は百万通りあるということだったな。ありがとう、その一言を聞きたかっただけなんだ」
  「恐縮です」
  「何も恐縮することはないよ。わかっているのにすぐに現実の中で迷ってしまう、私が未熟なんだから。うまくやろうとすれば迷い、全力でやろうとすれば迷わなくなると、この間も佐藤さんに言われたばっかりなのにな」
  「わかったつもりになっている自分がいることに気付いていることが、本当はとてもすごいことなのだと思います。私もまだまだわかっているつもりになっているだけなのです」
  「いつもながら謙虚だね。ところで、佐藤さんは毎日心掛けて続けていることが三つあると言っていたね」
  「はい。否定後は使わない、いつも明るく、相手のためにできることは何でもする、という三つです」
  「その話を聞いて、私も何か一つでも毎日できることを、一年間続けてみようと思ったんだ。つまりね、妻に毎日ありがとうと、必ず言うことにしたんだ」
  「それはすばらしいことですね!」
  「はじめは恥ずかしかったのと、ありがとうという場面が見つからなくて戸惑ったよ。結局ありがとうと言えない日もあった。だけど、少しずつ慣れてきたら、ありがとうと言えることがたくさんあることに気づいたんだ。
  例えばね、家に帰ると玄関に花が置いてあった。もちろん、妻が以前からそこに置いていたことは知っていた。だけどそれまではそこに花があることが当たり前で、そんなことは気にもしなかった。しかし、よく考えてみると、毎日水をやり、手入れをしなければ、そこに花はないはずなんだ。私がきっと疲れて帰って来た時でも、気持ちがなごむようにと気づかって置いていたのかもしれない。そう思ったら、玄関でさっそく妻に、ありがとうと言いたくなったんだよ。
  そしてね、もっとびっくりするようなことが、私の家庭の中で起きたんだ。そんなこと続けて六ケ月くらいしてからかな。気づいたら家族がみんな、ことあるごとにお互いにありがとうと言っている。いつのまにか誰もけんかをしなくなった。家族といるだけで、幸せを感じるようになったんだ。それまで毎日のように腹が立つことがあんなにあったのに、もう今はほとんどないんだよ。不思議だな、ありがとう、と言っているだけで、それまでと風景や人間関係までもが変わってしまうなんて」
  「ありがとう、と言えるということは、ありがたいことに出会えたり、ありがたいことに気づいたりすることができたからです。毎日私達のまわりには、たくさんの、ありがとう、と言えることがあります。それに気づいた人が一番幸せなんです。ありがとう、と言われる人よりも、ありがとう、を言う人の方が幸せになれるんだと思います」
  「自分を変えれば、他人も変わると言っていたね。今は本当にそう思うよ。佐藤さんには、いくら感謝してもつきない。ありがとう!」
  こんな風にして、ほとんどの社員が顧客の経営相談にのっている。六年かけて身に付けてきたことは、あらゆる業界に当てはまることであり、経営に関するどんな質問に対しても、本質から答えることができるからである。経営とは人間学であり、それを身に付けた人々は所属や立場に関係なく、それだけで社会に貢献することができるのである。
 会社に戻ると、夜八時をまわっていた。多田常務がなにやら資料をまとめている。
  「お急ぎでしたら、何かお手伝いしましょうか」
  「いや、大丈夫だ。ありがとう。これから神戸まで行く。明日の夕方には戻るよ」
  「え!どうやって行くんですか。この時間ではもう飛行機はありませんよ」
  「お客様が困っているんだ。できる限り早く会いたいと言っている。飛行機がなければ車で行けばいいだけさ。明日の朝には着くだろうから、一時間ほど打ち合わせをして、すぐに戻ってくるよ」
  「しかし、片道だけでも六百キロメートル以上はありますよ」
  「関係ないよ」
  常務はニコニコと笑って言った。会社を出ていくその後ろ姿は、とてもさっそうとしていた。佐藤は多田常務の厳しい仕事を楽しんでいる姿に、自分も早くそうなりたいと、心の底から望んだ。
  帰り際に、最後のメールの確認をしたところ、元気のない同僚の藤本隆史からのメッセージがあった。
  「いつも励ましのメールをくれることに感謝しているよ。ここのところ訳もないのに、何もする気にならなくて自分でも悩んでいたし、とにかくすぐに疲れてしまう自分にも、ほとほとあきれかえっていたんだ。ところが佐藤は、こんな僕を毎日励まし続けてくれた。そんな佐藤に、本音は感謝すると言うよりも、申し訳ないという気持ちだった。
  でも今朝、佐藤からもらったメッセージに、僕はちょっとショックを受けた。なぜって、そんなこと考えもしなかった一言があつたから。
  それは、今日という一日を、人生で最高の一日にしよう!という言葉だよ。
  これって、すごい一言だね。毎日何かいいことがないかな、と思うことはあったけど、自分から何かいいことを起こそうなんてことは思いもしなかった。このことは僕にとっては、すごい発見になったような気がする。つまり、何かいいことがある一日などなくて、何かいいことをした一日があるだけ。そして今日一日をどう生きるかが、自分の人生なんだってことに気が付いたんだ。
  それと毎日送られてくる佐藤からのメッセージに、自分は一人で生きているんじゃない、他人に支えられながら生きているんだってことも気づかされた。
  何かすべてが見えてきた感じがするんだ。佐藤に、そして生きていることに感謝したい気持ちだよ。
  俺、なんか楽しくなってきたよ。ありがとう」
  人は言葉によって反応する。しかしどの言葉によって反応するのかは他人にはわからない。なぜなら、同じ言葉であっても、その意味は一人一人違っているためである。だからこそ、佐藤は毎日さまざまな言葉や表現を使いながら、藤本を励まし続けてきたのである。そしてとうとう藤本は反応したのだ。
 佐藤が事務所を出ようとした時、背中で電話が鳴った。手荷物を横に置いて急いで受話器を取った。
  「夜分遅くに申し訳ございません。今日会社見学に参加させていただいた者です。どうしてもお伺いしたいことがあったのですが、もう営業時間は過ぎていますよね?」
  佐藤は答えた。
  「いえ、営業時間はあと二十分ございます。どうぞごゆっくり、何でも聞いてください」
  「ああ、良かった。今日のお話の中のTSについての資料というのはあるのでしょうか?もし、あるようでしたら、是非とも弊社の社長に見せたいのですが」
  「もちろんございます。今日すぐご送付することもできます」
  「そうですか・・・。できれば明日の朝一番で報告したいので、これから資料を取りに伺いたいのですが、どんなに急いでもあと四十分くらいかかってしまうかもしれません。しかし・・・もう営業時間は過ぎていますよね?」
  「いえ、先ほどは私が勘違いをしました。今日だけ、営業時間はあと一時間あります」
  「それは良かった!」
  「どうぞ、急がずゆっくりいらっしゃってください」
 佐藤には幼稚園に行き始めたばかりの女の子がいる。佐藤が会社から帰ってくると、玄関まで出迎えに走ってきて、毎日必ず同じことを聞く。
  「パパ、お帰りなさい。今日の仕事は楽しかった?」
  「うん、楽しかったよ」
  「何が一番楽しかつた?」
  「そうだなぁ、お客さんからパパ宛に感謝の手紙が来ていたことかな」
  「次は?」
  「難しい問題が解決したことかな」
  「私も難しいなぞなぞ大好き。次は?」
  「別な仕事で、解決できそうもない大きな問題が起きたことかな」
  「パパの会社は何でも楽しいんだね。大きくなつたらパパの会社にお嫁に行きたい」
  「そうだね、パパも応援するよ」
  今日も一日があっという間に過ぎてしまった。時間が短く感じるほど、その人の人生は充実している。忙しい一日と充実した一日は、同じ一日なのだから。
 着替えていると、妻が何気なく言った。
  「今日買い物に行った時にね、たまたま通りがかったレストランの前に植えてあつたお花が、みんな枯れてしまっていたの。お店の前とはいっても、そこにあるお花に元気がないと、何となくお店自体にも元気がないような気がして・・・。それに、道路にもゴミがたくさん落ちていたの」
  「そうか・・・何かできることがあるかなぁ?」
  「私達の手で、レストランの前をきれいにしましょうよ。いま家のベランダに飾ってあるお花を持って植え替えるっていうのはどうかしら。小さな苗から育てたお花ばかりだけど、私達だけじゃなくてたくさんの人にも見てもらった方が、お花もうれしいと思うの」
  「それはいいね!お店の人に気づかれないように植え替えて、びっくりさせよう。ついでにそのレストラン周辺の掃除も徹底的にやってしまおうよ」
  「じや、明日の朝早く起きて行かない!」
  「よし、いまから準備をしよう・・・。ところで、何時ごろに起きればいいかな」
  「あなたが会社に行く前に終わらせたいから、四時頃ね。まだ真っ暗な時間かもしれないけど」
  「暗いほうがお店の人に気づかれなくていいよ。なんかワクワクしてきたな」
  翌朝、二人は車の荷台にべランダにおいてあった花をいっぱいに積んでレストランに向かった。しかし、あいにくその日は小雨が降っていた。それでも現地に着くと、二人は言葉も交わさず、段取りよくテキパキと作業をはじめた。
  ところが、である。
  「あなたお店の裏口に車が着いたわ。もうお店の方がいらっしゃったのかしら」
  「・・・そこのバス停の前で待っているフリをしよう」
  そんな時間にバスがくるわけもないのに、二人は他に手立てもなく、泥だらけの手で傘を持ちながら、じっとバス停で立っていた。五分もすると何か荷物を降ろして車は出て行った。
  「お店の人じゃなくて、配達の方のようね」
  「さあ、急ごう。そろそろ僕は道路わきに散らかっているゴミを拾い集めるよ」
  「じゃ、お花の植え替えのほうは私に任せて」
  花をすべて植え替え、道路わきのゴミを拾い集めて、二人は車に乗り込んだ。
  「どう?きれいになったかな」
  「すごいわ!お店の人もきっとびっくりするわ。こんなにきれいになるなんて、この町に住んでみたい」
  「そうか!また気づいたよ。どんなところに住んでいたとしても、自分たちの力で住んでみたい町にできるんだって」

その日、佐藤が会社に着くと、朝一番で多田常務から電話が入った。
「おはよう、佐藤君か?」
「はい、おはようございます」
「済まないが浜中君と連絡を取ってくれないか。問題は無事解決したよ、と」
「はい・・・」
  と言いながら、佐藤は驚いた。多田常務は自分の仕事ではなく、浜中の仕事をフォローするために六百キロメートルも離れたお客様のところに行ったのだということを、この時はじめて知ったからだ。
  そしてほかにも、浜中宛に電話が何本かあつた。なんとそれらはすべて、お礼の電話だった。それらによって、浜中が昨日どのような行動をしていたのかは、言わずと知ることができた。

 昨日、浜中が空港に着いてみると、ほとんどの飛行機は満席になっていた。浜中が発着表示板を見ながらどうしようか考えあぐねていた時、同じように発着表示板を見ながら、困り果てている二人の老夫婦がいた。
  「困ったなあ、・・・孫にも会えんなあ・・・最後の旅行なのに・・・」
  浜中は声をかけた。
  「どちらまで行かれるんですか?」
  「・・・東京です。はじめて飛行機に乗れると思っていたら、この有様ですわ。予約もせずに来たのがそもそも間違いでした。しかしこれじゃ、どうにもなりませんな」
  「私も東京に帰ろうとしていたところだったんです。ところで他の航空会社を当たってみましたか?」
  「いえ、何をどうしていいのかもわからなくて・・・」
  「いっしょに来てください」
  他の航空会社のカウンターに着くと、二時間後の便であれば、なんとちょうどあと三席分空いているという。それ以外はすべて満席らしい。
  「良かつたですね、これで東京に無事行くことができますよ」
  「助かりました。本当にありがとうございます」
  二人の老夫婦は浜中に深々と頭を下げた。そんな時、後ろから一人の女性があわてふためきながら走ってきた。そして浜中を押しのけるようにして、カウンターの前までくると叫んだ。
  「東京行きの便、空いていませんか?」
  カウンターの担当者は、申し訳なさそうに答えた。
  「ちょうど今、いっぱいになってしまったところなんです」
  「どうしても東京に帰らなければならないんです。家族が病気なんです。何とかできないんですか」
  浜中は女性に向かって、笑みを浮かべながら声をかけた。
  「あと一つ、空席がありますよ」
  浜中は会社のポリシーを思い出していた。
  「社員の生きる姿が、最高の商品である」 と。
  浜中が会社に連絡を入れたのは、このあとだった。

  ふと目が覚めると、カーテンの隙間からこぼれる朝陽の光が、やけに眩しかった。
「みんな夢か・・・」
と思った瞬間、佐藤は、ほっとした。
「良かった!理想の会社は、まだできていなかったんだ」
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